


皆さん、こんばんは、ヒマワリと申します。
各位聽眾朋友們大家晚上好,我是今天共讀欄目的主播ヒマワリ。今天我們繼續(xù)共讀日本小說家芥川龍之介先生的短篇小說《羅生門》。上回我們讀到家將在門樓上遇見拔死人頭發(fā)做成假發(fā)的老婦,面對(duì)家將的輕蔑神色,老婦將作何解釋呢?


芥川龍之介
「成程(なるほど)な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何(なん)ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ?,F(xiàn)在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸しすんばかりずつに切って干したのを、干魚ほしうおだと云うて、太刀帯たてわきの陣じんへ売りに往いんだわ。疫病えやみにかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味(あじ)がよいと云うて、太刀帯たてわきどもが、欠かさず菜料さいりょうに買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方おおかたわしのする事も大目に見てくれるであろ?!?/span>
“拔死人頭發(fā),是不對(duì),不過這兒這些死人,活著時(shí)也都是干這類營生的。這位我拔了她頭發(fā)的女人,活著時(shí)就是把蛇肉切成一段段,曬干了當(dāng)干魚到兵營去賣的。要不是害瘟病死了,這會(huì)還在賣呢。她賣的干魚味道很鮮,兵營的人買去做菜還缺少不得呢。她干那營生也不壞,要不干就得餓死,反正是沒有法干嘛。你當(dāng)我干這壞事,我不干就得餓死,也是沒有法子呀!我跟她一樣都沒法子,大概她也會(huì)原諒我的?!?/span>
老婆は、大體こんな意味の事を云った。
老婆子大致講了這些話。
下人は、太刀たちを鞘さやにおさめて、その太刀の柄つかを左の手でおさえながら、冷然れいぜんとして、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿うみを持った大きな面皰にきびを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中(うち)に、下人の心には、ある勇気が生まれて來た。それは、さっき門の下で、この男には欠かけていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕とらえた時(shí)の勇気とは、全然、反対な方向に動(dòng)こうとする勇気である。下人は、饑死をするか盜人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時(shí)のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出來ないほど、意識(shí)の外に追い出されていた。
家將把刀插進(jìn)鞘里,左手按著刀柄,冷淡地聽著,右手又去摸摸臉上的腫瘡,聽著聽著,他的勇氣就鼓起來了。這是他剛在門下所缺乏的勇氣,而且同剛上樓來逮老婆子的是另外的一種勇氣。他不但不再為著餓死還是當(dāng)強(qiáng)盜的問題煩惱,現(xiàn)在他已把餓死的念頭完全逐到意識(shí)之外去了。

故事已漸漸接近尾聲,家將所謂的勇氣究竟是什么呢?老婦將迎來怎樣的結(jié)局?讓我們期待下一次共讀吧。
では、おやすみなさい。

本期監(jiān)制: 日語之聲
本期小編: 沫??? 言
本期主播: ヒマワリ



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