結(jié)草蟲(chóng)與蜘蛛
寺田寅彥
二樓外廊的玻璃窗前有株高大的楓樹(shù),它的枝葉在空中盡情伸展,上面吊有許多結(jié)草蟲(chóng)。 去年整個(gè)夏天 ,這種蟲(chóng)子都活動(dòng)得十分頻繁。它們總是在中午出現(xiàn),把枝頭的嫩葉扯過(guò)來(lái)啃食。蟲(chóng)子個(gè)頭雖小,食欲卻很旺盛,不把大多數(shù)嫩枝葉吃個(gè)精光,就不罷休。到紅葉漸染的時(shí)節(jié),它們似乎就不再現(xiàn)身了??傊?,我的注意力被每日變換色彩的樹(shù)葉吸引,暫時(shí)忘記了結(jié)草蟲(chóng)的存在。 然而,等到紅葉漸漸干枯、蜷縮,最終凋零后,眾多掛在光禿禿樹(shù)枝上的結(jié)草蟲(chóng)一下子變得格外顯眼。蟲(chóng)子們形態(tài)各異,有大有小,有的帶著細(xì)長(zhǎng)的枝條好像提著手杖,有的則身披一片枯葉。在晴空的映襯下,黑乎乎的蟲(chóng)子愈發(fā)顯眼,每天都隨風(fēng)搖曳。 它們看上去是靠著纖弱的絲懸掛在樹(shù)上,實(shí)際上卻是牢牢地抓著樹(shù)枝。不論多勁的北風(fēng)都難以將其吹落。我曾在外廊想用掃帚尖把它們打下來(lái),可揮舞了半天也不見(jiàn)成果。 整個(gè)冬天,我都注視著這些成串的蟲(chóng)子外殼,也不知它們是生是死,有時(shí)甚至覺(jué)著自己的生活同它們十分相似。 春天來(lái)了。在那些原本灰頭土臉的落葉樹(shù)樹(shù)梢上,不覺(jué)間都冒出了紅色的新葉。外廊窗前那株楓樹(shù)的枝頭也長(zhǎng)出了一顆顆嫩芽,開(kāi)始閃耀出石榴石般耀眼的光澤。我一想到這些小芽不過(guò)多時(shí)便會(huì)長(zhǎng)成嫩葉,就覺(jué)得有必要在此之前把那些結(jié)草蟲(chóng)清除干凈。 我抱著試試看的心理拿來(lái)長(zhǎng)晾衣桿,想把蟲(chóng)子打下來(lái)或者挑下來(lái),結(jié)果到底是一場(chǎng)徒勞。每次一挑,那紡錘形的袋子就像螺旋槳一樣,只會(huì)在空中旋轉(zhuǎn)。可要是用力過(guò)猛,又會(huì)折斷小樹(shù)枝,傷到嫩芽。于是我拿出小剪刀把它綁在桿頭上。這剪刀是數(shù)年前流行的西洋剪刀,說(shuō)是有十幾種的用法。我正準(zhǔn)備用這十幾種用法之外的其他用法。發(fā)明剪刀的人估計(jì)也不會(huì)想到,它還能拿來(lái)除結(jié)草蟲(chóng)吧。我把半開(kāi)口的剪刀,綁在桿子前端。竹竿表面光滑,要在上面固定鎳制的剪刀柄著實(shí)不易。 瞄準(zhǔn)目標(biāo)后,我把竹竿晃晃悠悠的前端伸向蟲(chóng)子。將剪刀口對(duì)準(zhǔn)靠近結(jié)草蟲(chóng)蛹口,用刀刃深深地抵住絲線,輕輕往上一提。沒(méi)想到這么一來(lái)竟很順利地切斷了絲線。不過(guò)這絲線確實(shí)韌勁十足,有時(shí)細(xì)長(zhǎng)的竹竿都會(huì)彎成弓形。慶幸的是,我最終除掉了蟲(chóng)蛹,也沒(méi)傷及枝葉。 有些蟲(chóng)蛹在離開(kāi)枝條的同時(shí),就從剪刀上掉落下來(lái)。有些則是牢牢地粘在剪刀上。我一開(kāi)始除蟲(chóng),孩子們就一直興趣盎然地圍觀。他們過(guò)來(lái)?yè)焓暗粼诘厣系南x(chóng)蛹,幫忙取下剪刀上的蛹。兩個(gè)孩子輪番上陣,年長(zhǎng)的孩子討厭用手抓蟲(chóng)子,便拿小鏟子鏟起來(lái)倒進(jìn)空果醬罐中。年齡較小的妹妹倒是滿不在乎地直接用手抓,把蟲(chóng)子排放在筆盒蓋上。
將庭院里楓樹(shù)上的蟲(chóng)子大致清理干凈后,我又把目標(biāo)對(duì)準(zhǔn)了其他樹(shù)。最后數(shù)了數(shù),大大小小共有四十九個(gè)蟲(chóng)蛹,正好放滿一個(gè)空果醬罐和鉛筆盒。我把這些一股腦倒在庭院的草坪上,將其排列整齊。 每只蟲(chóng)的外殼都各有特色。其中大部分外殼裹著幾片既大又長(zhǎng)的樹(shù)皮。也有的不裹大塊樹(shù)皮,表皮像雙層包裝紙。還有的像金雀花的豆莢那樣巧妙接合在一起,看到就讓人不由得想象它馱著外殼慢吞吞走路時(shí)的滑稽樣子。 我選了一個(gè)特別大的蟲(chóng)子,剪開(kāi)外殼,想看看里面的蟲(chóng)子究竟怎么樣了。我將綁在竿頭的剪刀拆下來(lái),從外殼的兩端一點(diǎn)點(diǎn)剪開(kāi),并留心不去傷到里面的蟲(chóng)子。外殼的纖維十分強(qiáng)韌,這把有些鈍的剪刀,時(shí)不時(shí)會(huì)打滑剪不開(kāi),費(fèi)了好大勁才取出了蟲(chóng)子。那蟲(chóng)子很大,肥得紫黑色的皮膚都快脹裂了。它的口器很大,看起來(lái)十分貪婪,閃著褐色的光。從殼中的黑暗環(huán)境里突然被暴露在強(qiáng)烈的春光之下,會(huì)使蟲(chóng)子的身體發(fā)生什么樣的變化呢?這對(duì)人類來(lái)說(shuō)是難以想象的。它看上去像是喝醉了一般,又像是尚未從長(zhǎng)長(zhǎng)的睡夢(mèng)中徹底蘇醒,倦怠地?fù)]動(dòng)著八對(duì)足。我把它放回到草坪上,將舊殼往它頭上靠,可它也不知是忘了原來(lái)的殼,還是沒(méi)有再次鉆進(jìn)去的氣力,那之后一直安安分分地一動(dòng)不動(dòng)。 我又打開(kāi)了一個(gè),發(fā)現(xiàn)這只蟲(chóng)子的下半身是干癟著的,像僵蠶似的。我想這可能是蠶身上的致病菌侵入了結(jié)草蟲(chóng)的世界,對(duì)它進(jìn)行了自然的制裁。然而,結(jié)草蟲(chóng)的可怕敵人還不止如此。 在捏了很多的外殼進(jìn)行觀察后,我注意到?jīng)]有蟲(chóng)子的空殼占有很大的比例。仔細(xì)一看發(fā)現(xiàn),這類空殼的側(cè)面都有一個(gè)直徑約一毫米的小孔。我覺(jué)得有些奇怪,拿起剪刀剪開(kāi)一只,不想一只小蜘蛛從中蹦了出來(lái),慌慌張張地逃走了。我只瞥見(jiàn)一眼,那是一只可愛(ài)的淡紫色小蜘蛛。 看到這意外的空巢占有者,一個(gè)可怕的想法如電光般在我腦中閃現(xiàn)。我急忙把外殼縱向剪開(kāi)一瞧,果然在袋子底部發(fā)現(xiàn)幾片如碎渣般的結(jié)草蟲(chóng)遺骸。那肥大蟲(chóng)子身上的汁液被吸食、舔舐得干干凈凈,只剩下了一小撮灰色的軀殼,唯有堅(jiān)硬的褐色口器還維持著原來(lái)的形狀。那樣子看上去好像兜缽 [1] 一般,又似腐爛在灰色墓穴中的鎧甲殘片。 這可怕的敵人定是悄聲潛行在結(jié)草蟲(chóng)難攻又不易破的外廓上。尋到它僅有的弱點(diǎn),對(duì)準(zhǔn)那里露出尖銳的毒牙?;蛟S在穿破外墻的那一刻,蜘蛛就已向結(jié)草蟲(chóng)的側(cè)腹部注射了一滴毒液了吧。 若換作是人,這種情況就好比正沉浸在安樂(lè)睡眠中,做著來(lái)年夏天的嫩葉美夢(mèng),突然被狼牙咬破了側(cè)腹一般吧??蓪?duì)結(jié)草蟲(chóng)而言,要驅(qū)趕這位入侵者,它的腳毫無(wú)用處。就算想用自己唯一的武器——口器,可自己的窩實(shí)在是太憋屈,都不容它彎一下身軀,就連在最后一刻掙扎的余地都沒(méi)有。在生物間展開(kāi)的殺戮中,這恐怕是最殘酷的。結(jié)草蟲(chóng)在毫無(wú)反抗的情況下,一點(diǎn)點(diǎn)被折磨死,甚至無(wú)法表達(dá)痛苦。 結(jié)草蟲(chóng)那肥碩的身體消失在了不及它十分之一大小的蜘蛛的腹中,剩下的只有一丁點(diǎn)外皮殘?jiān)?,以及小巧依舊的蜘蛛的「生命」。不知道這兩者相減盈余出的「物質(zhì)」究竟去向了何方。 結(jié)草蟲(chóng)繁衍生息的地方,自然會(huì)有這種蜘蛛在那里繁殖。這就是自然對(duì)生態(tài)平衡進(jìn)行的調(diào)節(jié)。原以為不把結(jié)草蟲(chóng)清除干凈,楓葉就會(huì)被它們蠶食一空,可這不過(guò)是人類淺薄又自負(fù)的想法。我甚至覺(jué)得或許該再多放著不管幾天,用以觀察自然的高妙才對(duì)。雖然結(jié)草蟲(chóng)對(duì)這蜘蛛毫無(wú)辦法,但蜘蛛也肯定有它的天敵存在。我曾在《昆蟲(chóng)的生活》一書(shū)中讀到這樣的記載。記載說(shuō),有種黃蜂會(huì)攻擊蜘蛛,用毒針精準(zhǔn)地刺穿蜘蛛胸部的一塊地方,使它麻痹,并在已經(jīng)被麻痹的蜘蛛側(cè)腹產(chǎn)下一顆卵。從卵內(nèi)孵出的幼蟲(chóng)依靠拼命啃食父母?jìng)湎碌默F(xiàn)成佳肴生長(zhǎng),飽餐一頓后會(huì)進(jìn)入休眠。在休眠的過(guò)程中,幼蟲(chóng)簡(jiǎn)單的身體構(gòu)造會(huì)發(fā)生復(fù)雜的變化,再次醒來(lái)時(shí),便已是一只成熟的黃蜂了。 一只蜘蛛在咬噬結(jié)草蟲(chóng)的幼蟲(chóng)時(shí),形態(tài)和結(jié)草蟲(chóng)相似的黃蜂幼蟲(chóng)卻在大啖其他蜘蛛的腹部。如此殘忍的廝殺,在美麗的花園、庭院的樹(shù)林中間悄然發(fā)生著,就在人們還做著國(guó)際聯(lián)盟的美夢(mèng)時(shí)。 根據(jù)某學(xué)者的說(shuō)法,動(dòng)物在進(jìn)化的過(guò)程中分為兩派。一派進(jìn)化成有堅(jiān)硬甲殼質(zhì)外皮的昆蟲(chóng),其中最高等的是蜂類和蟻類。另一派則在體內(nèi)形成堅(jiān)實(shí)的骨骼,這其中最高等的是人類。不知道這個(gè)說(shuō)法到底有多準(zhǔn)確??刹还茉趺凑f(shuō),與昆蟲(chóng)世界完全相同的的爭(zhēng)斗之魂也傳給了所有的脊椎動(dòng)物,最后傳到人類手中。我細(xì)細(xì)斟酌這期間到底是發(fā)生了怎么樣的進(jìn)化,不禁開(kāi)始覺(jué)得,我們與結(jié)草蟲(chóng)、蜘蛛有相同的祖先也是一樁妙事。 我考慮了很久該怎么處理這四十九個(gè)紡錘體,最后選擇在花圃一角挖了個(gè)深坑,將它們埋了。想來(lái)這其中必定有幾只里面藏有蜘蛛吧。我庭院里結(jié)草蟲(chóng)和蜘蛛的歷史就此告一段落。 但這段歷史不會(huì)這么輕易結(jié)束。我抱著稍許的興趣和期待,期盼今年夏天的來(lái)到。
(一九二一年五月,《電器與文藝》)
注釋: [1] 兜缽:武士頭盔上用來(lái)保護(hù)頭部的缽狀部分。
簔蟲(chóng)と蜘蛛
寺田寅彥
二階の縁側(cè)のガラス戸のすぐ前に大きな楓かえでが空いっぱいに枝を広げている。その枝にたくさんな簔蟲(chóng)みのむしがぶら下がっている。
去年の夏じゅうはこの蟲(chóng)が盛んに活動(dòng)していた。いつも午ひるごろになるとはい出して、小枝の先の青葉をたぐり寄せては食っていた。からだのわりに旺盛おうせいな彼らの食欲は、多數(shù)の小枝を坊主にしてしまうまでは満足されなかった。紅葉が美しくなるころには、もう活動(dòng)はしなかったようである。とにかく私は日々に変わって行く葉の色彩に注意を奪われて、しばらく簔蟲(chóng)の存在などは忘れていた。
しかし紅葉が干からび縮れてやがて散ってしまうと、裸になったこずえにぶら下がっている多數(shù)の簔蟲(chóng)が急に目立って來(lái)た。大きいのや小さいのや、長(zhǎng)い小枝を杖つえのようにさげたのや、枯れ葉を一枚肩にはおったのや、いろいろさまざまの格好をしたのが、明るい空に対して黒く浮き出して見(jiàn)えた。それがその日その日の風(fēng)に吹かれてゆらいでいた。
かよわい糸でつるされているように見(jiàn)えるが、いかなる木枯らしにも決して吹き落とされないほど、しっかり取りついているのであった??F側(cè)から箒ほうきの先などではね落とそうとしたが、そんな事ではなかなか落ちそうもなかった。
自分は冬じゅうこの死んでいるか生きているかもわからない蟲(chóng)の外殻がいかくの鈴成りになっているのをながめて暮らして來(lái)た。そして自分自身の生活がなんだかこの蟲(chóng)のによく似ているような気のする時(shí)もあった。
春がやって來(lái)た。今まで灰色や土色をしていたあらゆる落葉樹(shù)のこずえにはいつとなしにぽうっと赤みがさして來(lái)た。鼻のさきの例の楓かえでの小枝の先端も一つ一つふくらみを帯びて來(lái)て、それがちょうどガーネットのような光沢をして輝き始めた。私はそれがやがて若葉になる時(shí)の事を考えているうちに、それまでにこの簔蟲(chóng)みのむしを駆除しておく必要を感じて來(lái)た。
たぶんだめだろうとは思ったが、試みに物干し竿ざおの長(zhǎng)いのを持って來(lái)て、たたき落とし、はね落とそうとした。しかしやっぱり無(wú)効であった。はねるたびにあの紡錘形の袋はプロペラーのように空中に輪をかいて回転するだけであった。悪くすると小枝を折り若芽を傷つけるばかりである。今度は小さな鋏はさみを出して來(lái)て竿の先に縛りつけた。それは數(shù)年前に流行した十幾とおりの使い方のあるという西洋鋏である。自分は今その十幾種のほかのもう一つの使い方をしようというのであった。鋏の発明者も、よもやこれが簔蟲(chóng)を取るために使われようとは思わなかったろう。鋏の先を半ば開(kāi)いた形で、竿の先に縛りつけた。円滑な竹の肌はだと、ニッケルめっきの鋏の柄とを縛り合わせるのはあまり容易ではなかった。
ぶらぶらする竿の先を、ねらいを定めて蟲(chóng)のほうへ持って行った。そして開(kāi)いた鋏の刃の間に蟲(chóng)の袋の口に近い所を食い込ませておいてそっと下から突き上げると案外にうまくちぎれるのであった。それでもかなりに強(qiáng)い抵抗のために細(xì)長(zhǎng)い竿は弓狀に曲がる事もあった。幸いに枝を傷つけないで袋だけをむしり取る事ができたのである。
あるものは枝を離れると同時(shí)に鋏を離れて落ちて來(lái)た。しかしまたあるものは鋏の間に固く食い込んでしまった。始めからおもしろがって見(jiàn)ていた子供らは、落ちて來(lái)るのを拾い、鋏はさみにはさまったのをはずしたりした。二人の子が順?lè)扦铯毪铯肴·毪韦扦ⅳ盲郡?、年上のほうは蟲(chóng)に手をつけるのをいやがって小さなショベルですくってはジャムの空罐あきかんへほうり込んでいた。小さい妹のほうはかえって平気で指でつまんで筆入れの箱の上に並べていた。
庭の楓かえでのはあらかた取り盡くして、他の木のもあさって歩いた。結(jié)局?jǐn)?shù)えてみたら、大小取り交ぜて四十九個(gè)あった。ジャムの空罐一つと筆入れはちょうどいっぱいになった。それを一ぺん庭の芝生しばふの上にぶちまけて並べてみた。
一つ一つの蟲(chóng)の外殻がいかくにはやはりそれぞれの個(gè)性があった。わりに大きく長(zhǎng)い枯れ枝の片を並べたのが大多數(shù)であるが、中にはほとんど目立つほどの枝切れはつけないで、渋紙のような肌はだをしているのもあった。えにしだの豆のさやをうまくつなぎ合わせているのもあって、これがのそのそはって歩いていた時(shí)の滑稽こっけいな様子がおのずから想像された。
なかんずく大きなのを選んで袋を切り開(kāi)き、蟲(chóng)がどうなっているかを見(jiàn)たいと思った。竿さおの先の鋏はさみをはずして袋の両端から少しずつ蟲(chóng)を傷つけないように注意しながら切って行った。袋の繊維はなかなか強(qiáng)靱きょうじんであるので鈍い鋏の刃はしばしば切り損じて上すべりをした。やっと取り出した蟲(chóng)はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうに肥ふとっていて、大きな貪欲どんよくそうな口ばしは褐色かっしょくに光っていた。袋の暗やみから急に強(qiáng)烈な春の日光に照らされて蟲(chóng)のからだにどんな変化が起こっているか、それは人間には想像もつかないが、なんだか酔ってでもいるように、あるいはまだ長(zhǎng)い眠りがさめきらないようにものうげに八対の足を動(dòng)かしていた。芝生の上に置いてもとの古巣の空あきがらを頭の所におっつけてやっても、もはやそれを忘れてしまったのか、はい込むだけの力がないのか、もうそれきりからだを動(dòng)かさないでじっとしていた。
もう一つのを開(kāi)いて見(jiàn)ると、それはからだの下半が干すばって舎利しゃりになっていた。蠶にあるような病菌がやはりこの蟲(chóng)の世界にも入り込んで自然の制裁を行なっているのかと想像された。しかし簔蟲(chóng)みのむしの恐ろしい敵はまだほかにあった。
たくさんの袋を外からつまんで見(jiàn)ているうちに、中空で蟲(chóng)のお留守になっているのがかなり多くのパーセントを占めているのに気がついた。よく見(jiàn)ていると、そのようなのに限って袋の橫腹に直徑一ミリかそこらの小さい孔あながある事を発見(jiàn)した。変だと思って鋏はさみでその一つを切り破って行くうちに、袋の中から思いがけなく小さい蜘蛛くもが一匹飛び出して來(lái)てあわただしくどこかへ逃げ去った。ちらりと見(jiàn)ただけであるがそれは薄い紫色をしたかわいらしい小蜘蛛であった。
この意外な空巣あきすの占有者を見(jiàn)た時(shí)に、私の頭に一つの恐ろしい考えが電光のようにひらめいた。それで急いで袋を縦に切り開(kāi)いて見(jiàn)ると、はたして袋の底に滓かすのようになった簔蟲(chóng)の遺骸いがいの片々が殘っていた。あの肥大な蟲(chóng)の汁気しるけという汁気はことごとく吸い盡くされなめ盡くされて、ただ一つまみの灰殻はいがらのようなものしか殘っていなかった。ただあの堅(jiān)い褐色かっしょくの口ばしだけはそのままの形をとどめていた。それはなんだか兜かぶとの鉢はちのような格好にも見(jiàn)られた。灰色の壙穴こうけつの底に朽ち殘った戦衣のくずといったような気もした。
この恐ろしい敵は、簔蟲(chóng)の難攻不落と頼む外郭の壁上を忍び足ではい歩くに相違ない。そしてわずかな弱點(diǎn)を捜しあてて、そこに鋭い毒牙どくがを働かせ始める。壁がやがて破れたと思うと、もう簔蟲(chóng)のわき腹に一滴の毒液が注射されるのであろう。
人間ならば來(lái)年の夏の青葉の夢(mèng)でも見(jiàn)ながら、安楽な眠りに包まれている最中に、突然わき腹を食い破る狼おおかみの牙きばを感じるようなものである。これを払いのけるためには簔蟲(chóng)みのむしの足は全く無(wú)能である。唯一の武器とする吻くちさきを使おうとするとあまりに窮屈な自分の家はからだを曲げる事を許さない。最後の苦悩にもがくだけの余裕さえもない。生物の間に行なわれる殺戮さつりくの中でも、これはおそらく最も殘酷なものの一つに相違ない。全く無(wú)抵抗な狀態(tài)において、そして苦痛を表現(xiàn)する事すら許されないで一分だめしに殺されるのである。
蟲(chóng)の肥大なからだはその十分の一にも足りない小さな蜘蛛くもの腹の中に消えてしまっている。殘ったものはわずかな外皮のくずと、そして依然として小さい蜘蛛一匹の「生命」である。差し引きした殘りの「物質(zhì)」はどうなったかわからない。
簔蟲(chóng)が繁殖しようとする所にはおのずからこの蜘蛛が繁殖して、そこに自然の調(diào)節(jié)が行なわれているのであった。私が簔蟲(chóng)を駆除しなければ、今に楓かえでの葉は食い盡くされるだろうと思ったのは、あまりにあさはかな人間の自負(fù)心であった。むしろただそのままにもう少し放置して自然の機(jī)巧を傍観したほうがよかったように思われて來(lái)たのである。簔蟲(chóng)にはどうする事もできないこの蜘蛛にも、また相當(dāng)の敵があるに相違ない。「昆蟲(chóng)こんちゅうの生活」という書(shū)物を読んだ時(shí)に、地蜂じばちのあるものが蜘蛛を攻撃して、その毒針を正確に蜘蛛の胸の一局部に刺し通してこれを麻痺まひさせるという記事があった。麻痺した蜘蛛のわき腹に蜂は一つの卵を生みつけて行く。卵から出た幼蟲(chóng)は親の據(jù)すえ膳ぜんをしておいてくれた佳肴かこうをむさぼり食うて生長(zhǎng)する、充分飽食して眠っている間に幼蟲(chóng)の単純なからだに複雑な変化が起こって、今度目をさますともう一人前の蜂になっているというのである。
ある蜘蛛が、ある蛾がの幼蟲(chóng)であるところの簔蟲(chóng)の胸に食いついている一方では、簔蟲(chóng)のような形をしたある蜂はちの幼蟲(chóng)が、他の蜘蛛くもの腹をしゃぶっている。このような闘爭(zhēng)殺戮さつりくの世界が、美しい花園や庭の木立ちの間に行なわれているのである。人間が國(guó)際連盟の夢(mèng)を見(jiàn)ている間に。
ある學(xué)者の説によると、動(dòng)物界が進(jìn)化の途中で二派に分かれ、一方は外皮にかたいキチン質(zhì)を備えた昆蟲(chóng)こんちゅうになり、その最も進(jìn)歩したものが蜂や蟻ありである。また他の分派は中心にかたい背骨ができて、そのいちばん発展したのが人間だという事である。私にはこの説がどれだけほんとうだかわからない。しかしいずれにしても昆蟲(chóng)の世界に行なわれると同じような闘爭(zhēng)の魂があらゆる有脊椎動(dòng)物ゆうせきついどうぶつを伝わって來(lái)て、最後の人間に至ってどんなぐあいに進(jìn)歩して來(lái)たかをつくづく考えてみると、つまりわれわれの先祖が簔蟲(chóng)みのむしや蜘蛛の先祖と同じであってもいいような気がして來(lái)る。
四十九個(gè)の紡錘體の始末に困ったが、結(jié)局花畑のすみの土を深く掘ってその奧に埋めてしまった。その中の幾パーセントには、きっと蜘蛛がはいっていたに相違ない。こうして私の庭での簔蟲(chóng)と蜘蛛の歴史は一段落に達(dá)したわけである。
しかしこれだけではこの歴史はすみそうに思われない。私は少なからざる興味と期待をもってことしの夏を待ち受けている。
(大正十年五月、電気と文蕓)
底本:「寺田寅彥隨筆集 第一巻」小宮豊隆編、巖波文庫(kù)、巖波書(shū)店
1947(昭和22)年2月5日第1刷発行
1963(昭和38)年10月16日第28刷改版発行
1997(平成9)年12月15日第81刷発行
入力:田辺浩昭
校正:かとうかおり
1999年11月17日公開(kāi)
2003年10月22日修正
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