自作に見(jiàn)る相反するものが持つカオスと魅力
Chaos and charm of conflicting behaviour in my artworks
日本の文化はカオスの中にある
近年の日本のカルチャーは目まぐるしく変化を遂げている。日本人ならではの無(wú)宗教で、國(guó)外の様々な文化を愛(ài)
するがゆえの進(jìn)化の結(jié)果が今の日本カルチャーである。
私たちは生活の営みの中で気付かない間に、多方面の文化を上手く混合して生活を豊かにしている。それは反対要素の組み合わせを含んでいるのではなかろうか?,F(xiàn)代の日本人は生まれてすぐ神社にお宮參り、結(jié)婚はスーツやドレスで著飾ってキリスト教會(huì)で愛(ài)を誓い合う、そして葬式は寺院で火葬し、人生を終える。こういった日本人が大半ではなかろうか。
冠婚葬祭や宗教儀禮は分かりやすい実例であり、ことデザインやアート分野においても同様に私たちは自覚することなく多種多様な文化に觸れ、多くを選択し、受け入れている。日本の根底にある考え方や著想は獨(dú)創(chuàng)性に溢れている。
日本文化の1つ、秋葉原の文化に注目する
日本の文化といっても様々である。先ほど述べたように様々な文化が混在している。その中でも秋葉原の文化は異質(zhì)である。秋葉原は「2次元オタク」の町として確立している。世界の町を見(jiàn)てもアニメの広告を前面に押し出した地域は希である。
秋葉原は終戦直後より、舊日本軍や米軍払い下げの電子部品の闇?zhǔn)肖k生した。當(dāng)初は周辺地域にも多く點(diǎn)在していたが、露店の排除に動(dòng)いた占領(lǐng)軍により行き場(chǎng)を失ったそれらの店が入居する商業(yè)ビルが秋葉原に建てられるなどして、多くの電気商が秋葉原に集まってくることになった。秋葉原はメディアの様々な変化に対応し、ラジオやテレビ、パソコンなどあらゆる家電をメインにし、町の文化を維持してきた。電子部品→家電のパーツ売り→PCゲーム→マンガ、アニメの町へと少しづつ変容していった。インターネットの普及によって情報(bào)革命が起こっている今日、2次元の文化が浸透した町になった。マンガ、アニメオタクが生まれたのは必然だったようにも思える。
そのようにオタクはどんどん増えてゆき、秋葉原はマンガ、アニメのオタクの聖地になっていった。オタクという言葉も世界に浸透し、海外でもその物珍しさゆえに観光名所にもなってきている。
今の秋葉原を語(yǔ)る上で2次元のアニメの要素は切り離せないものである。よって作品に2次元アニメの要素を取り入れることで秋葉原のカルチャーをテーマにした作品の制作を狙った。
作品の解説
物理デバイスがディスプレイに影響を受け、その結(jié)果3次元の軌跡をアウトプットする。物理デバイスはディスプレイに寫るキャラクターの肌に反応し動(dòng)きを止める。
物理デバイスは小型で手の上に2、3個(gè)ほど乗るサイズである。そのデバイスにペンを裝著させデバイスの動(dòng)きを記録する。出來(lái)上がる軌跡はカオスである。しかしどこかディスプレイに寫るキャラクターをなぞったような形を持ち、人が描いた線とは一線を畫する。
「腐敗することのないデータ」と「劣化するデバイス」、「可逆性」と「不可逆性」の要素を引き合いにし相反するものが持つカオスと魅力にせまる。