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日本語の文法における自発(じはつ)とは、 動詞の表現(xiàn)様式で、行為?動作を人が積極的意志を持って行うのでなく、自然にあるいはひとりでに実現(xiàn)する現(xiàn)象?作用のようにいう表現(xiàn)である。助動詞の「れる」「られる」などによって行われる。
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普通、行為?動作を表す能動態(tài)の動詞では、動作主(行為者)を主格(格助詞「が」で表される)で、他動詞における被動者(対象物)を?qū)澑瘢ā袱颉梗─潜憩F(xiàn)する。しかしこの表現(xiàn)はある人が積極的意志を持って行う感じがあるので、それを避けるために「それが自然であり、他の人でもそうするだろう」という感じを含めて自発表現(xiàn)が用いられる。
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目次
1?自発の助動詞
2?その他の自発的表現(xiàn)
2.1?自発動詞
2.2?「見える」「聞こえる」
2.3?補(bǔ)助動詞
3?「(ら)れる」の他の用法
4?関連項(xiàng)目
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自発の助動詞
動詞の未然形に助動詞「(ら)れる」をつける方法は、特に主観的な考え?感覚などを示す動詞に用いられる。例えば、思う→思われる、悔む→悔まれる、偲ぶ→偲ばれる、感じる→感じられる、見る→見られる。五段活用?サ行変格活用には「れる」、他の活用には「られる」を未然形の後につける(語幹の後に”(r)areru”をつけるとも解釈される)。動作主は省略することが多いが、明示する場合には「に」で表すのが普通。対象物は「が」で表す。
例:
私はあの日の情景を思いだす→(私には)あの日の情景が思いだされる
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その他の自発的表現(xiàn)
自発動詞
一部の他動詞に対して、獨(dú)立の自発動詞を用いる場合もある。動作主は重要でなく(もしくは不明で)、それよりも被動者を強(qiáng)調(diào)したい場合に、活用形式を変えて自動詞化(脫使役化)したものが用いられる。
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例:
建てる→建つ
掛ける→掛かる
置く→置ける(「気が置けない」)
沸かす→沸く(「風(fēng)呂が沸く」)
また?開く?(「誰かがドアを開いた」→「ドアが開いた」)のように形が変わらない場合も少數(shù)ながらある(能格動詞)。
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動作主を省略するのが普通であるが、意味的には受身に近い。
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?「見える」「聞こえる」
語尾を「~える」とした「見える」「聞こえる」は、「見る」「聞く」に「れる」の古形「ゆ」を付けた形で、自発的な意味を持っている。ただし現(xiàn)在は「見られる」「聞かれる」とは意味的に使い分けられている。
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例:
「鈴の音が聞こえる」(具體的対象)
「操作が難しいという聲が聞かれる」(抽象的対象)
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?補(bǔ)助動詞
他動詞に補(bǔ)助動詞の「てある」をつけて、対象物に動作がなされた狀態(tài)を示す自発表現(xiàn)とすることができる。例えば「絵が掛けてある」または「絵を掛けてある」は「絵が掛かっている」とほぼ同じ意味?!袱颉工蛴盲い毪取幼髦鳏未嬖冥瑜陱?qiáng)く示唆される。
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?「(ら)れる」の他の用法
「(ら)れる」の用法には、自発のほかに可能?受身?尊敬があるが、これらも基本的用法としての自発から派生したと考えられている。これらはいずれも、動作主による意志性を否定する表現(xiàn)であり、次のように自発と似た表現(xiàn)形式をとる。また可能?受身に関しては自発との區(qū)別が
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可能:動作主を「は」「に」、被動者または具體的行為を「が」(「を」でもよい)で表す。
受身:動作主を「に」、被動者を「は」「が」で表す。
尊敬:動作主を「は」「が」(かしこまった言い方では「には」)で表す。
例:その子は、実に女の子らしい格好をしている。
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受身は一般に受動態(tài)と呼ばれる。その他の類似用法もそれぞれ一種の態(tài)として(自発態(tài)、可能態(tài)、尊敬態(tài))扱われることもある。
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「られる」の他に、推量?伝聞の「そう」「みたい(な)」も自発表現(xiàn)がある。
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例:
このお好み焼きはおいしそうだ。
まるでドラマみたいな事件だ。