そして虐待死。おそらく人は誰でも、自分より弱く小さい者に対する暴力的な衝動と、慎重に距離をとって生きている。一人では生きていけない命の全責任を負うことに疲れ果てたとき、その衝動に目配りが行き屆かなくなるなんて、容易に想像できてしまう。私は體が大人になったときから、いもしない子に自分がなにかしてしまうんじゃないかと恐れ続けている。
このようにしょっちゅうびくびくしているので、他人の失敗には寛容でありたいと思っている。もちろん、ちょっとしたものに限る。たとえば、別にどうということもない服を著ているとき、たまたま居合わせた隣席の人に飲み物をかけられるとか。
然后是虐待致死。大概無論是誰,對于比自己弱小人施加暴力的沖動,都會保持謹慎的距離。對于一個人無法生存的生命要負全部責任而感到極其疲憊時,對于那種沖動會變得失去耐心,是很容易想象出來的。我自從身體長的比較成熟以后,總會不斷的恐慌,會不會對乖孩子做些什么。就這樣在經(jīng)常的提心吊膽中,想寬容的對待他人的失敗。當然,僅限于小事。比如,沒什么事情穿著衣服的時候,正好被鄰座澆了一身飲料。
原作:藤野 可織
出處:PR誌1月號より藤野可織さんのエッセイを掲載します