雨天熏香
薄田泣堇
一
梅雨季節(jié)之前,今年一定是干梅雨季節(jié),進入梅雨季節(jié)以來,到今天為止下了兩次雨,兩次也經(jīng)常下雨。
我喜歡下雨天。因為那是晴天的快活所無法比擬的寧靜。下個沒完沒了的梅雨,對我這種愛生病的人來說,未免太煩人了,但在某種程度上,我也很高興能從外界的喧囂中逃離出來,享受寧靜的心境。沒有。
梅雨季節(jié)淅淅瀝瀝下著雨的日子,我的心情平靜得連讀喜歡的書都覺得可惜。我也想在這樣的日子里寫出些精彩的作品來,但又覺得寫出來太可惜了,如果可以的話,我想什么都不做,靜靜地潛入自己的心靈深處,在那里盡情地玩耍,盡情地享受。
燒香在任何場合都是好的,特別是在梅雨季節(jié)的雨中,沒有什么比聞香更能讓人心情平靜的了。我個人喜好,最近常使用白檀,聽著雨滴打在綠葉上的聲音,閉上眼睛,聽著飄蕩在房間里的幽香,靈魂離開肉體,徘徊在陌生的法苑林小路上,雨。灑在心里,滋潤和柔和自然地滲透進來。所謂潤柔,是“自然”與“我”融合抱和不可或缺的最重要的媒介。我的靈魂與宇宙大靈神交感應(yīng)也是在這個時候。與草木鳥蟲的小精悄悄交談也是在這個時候。也正是這個時候,把如今已不見蹤影的墳?zāi)估锏墓嗜藛拘眩ハ喽Z昔日的往事。
香煙還沒有散去,漸漸衰弱下去的時候,我的心也感到了輕微的疲勞,于是我起身推開了窗子。一直以為落在心里的雨,其實外面也下個不停?;璋低ピ旱慕锹淅?,紫陽花的花葉都被打濕了。仿佛在做幽界的夢一般,眼角帶著青白色微笑的這種花,是梅雨季節(jié)不可缺少的東西之一。梔子花、合歡花——這兩種花都是白天做夢的花,但像繡球花那樣做寂寞陰郁的夢的花是絕無僅有的。
紫陽花的旁邊,立葵紅色和白色的花朵被雨淋濕著。梅雨季的雨和晴間的陽光反射著春天的味道,花莖像柱子一樣筆直地挺立著,花朵全都橫著生長的就是這種草。
我見過畫立葵的光琳和干山的作品,兩人十分相似,簡直像兄弟倆商量著畫出來的。莖和花所具有的圖案趣味都很突出,但從泥土中筆直伸向天空的這種草的剛強和厚實,在干山更突出??赡芊从沉俗髡叩男愿?。
過了一會兒,雨勢小了下來,夕陽也開始微微地灑了下來。帶著濕氣的新鮮風(fēng)吹來,伏臥在地上的樹木就像狗撲打撲打打水一樣,濺起身上的水氣,猛地爬了起來。哭到流淚后的歡愉——周圍彌漫著這種平靜快活的氣氛。日落前的這個時候,合歡花讓人看得入迷。
二
雨過天晴的時候來到田里一看,小河里滿是渾濁的雨水,幾乎要淹沒田埂。這讓我想起了小時候在發(fā)大水的那個晚上,經(jīng)常出去砍鲇魚。一手拿著一端系著割草鐮刀的竹竿,另一只手擎著火把出門。在黑暗的小河岸邊揮舞著火把走到盡頭,只見一只見到火影的大鲇魚發(fā)出水聲,把它的大腦袋浮到水面上。這時立即單手拿著長柄割草鐮刀,朝它的頭猛砍下去。川狩似乎有點殘酷,但我們小時候,梅雨季節(jié)的雨下個不停,下到漆黑的夜晚,誰也不出來。
“真想去砍鲇魚啊?!?/p>
于是,兩三個人穿著小小的蓑笠,跟在大人屁股上搖搖晃晃地出門了。
記得是什么時候,幸田露伴先生在京都大學(xué)當講師的時候,曾經(jīng)在很多談話中提到過砍鲇魚。幸田先生是有名的釣魚高手,聽了我的話,不解地歪著頭說:
“是嗎?不過鲇魚天生膽小怕事,一看到火把的火光,肯定會嚇得縮成一團,不會游到水面上來的?!?/p>
好不容易聽幸田先生這么一說,我覺得鲇魚是個膽小鬼的說法應(yīng)該可以相信,可是,因為膽小鬼,所以在水面上猛地抬起頭的說法,你知道嗎?為什么呢?因為我小時候見過幾次,自己也曾經(jīng)拿鐮刀朝它的大腦袋砍過一次。
三
開花的有柿子花和馬齡薯花。都是非常簡樸樸素的花,只要能結(jié)出果實就足夠了,其他的一切都是奢侈的。有的農(nóng)夫用木屑刻的,有的用紙片折的,這種花充滿了農(nóng)民藝術(shù)的味道。我只是鐘情于柿花所具有的廉價香水般的甜美,是被大自然逼迫而產(chǎn)生的小小驕傲罷了。
四
在以草木翠綠為傲的當今世界,紫蘇是最有特色的草,它的莖葉都是紫色的,而且全身散發(fā)著紫色的香氣。從前,在京都圓山的茶寮,有很多人的妻子們比試服裝的事。所有人都在揮霍金銀、奢侈奢侈中,只有中村內(nèi)藏助的妻子喜歡尾形光琳,她穿了一件雙層黑羽素色的和服,下面還有幾件純白的素色和服,據(jù)說這樣的和服百看不厭,所以顯得很氣派。聽說頗受好評。紫蘇的紫色并沒有那樣的情趣和準備,也許這是造化的顏料盤里只剩下紫色時的創(chuàng)造,但即便如此,色香味都涂成紫色的大膽設(shè)計,在每一季都有充分的效果??梢钥吹?。
雨の日に香を燻く
薄田泣菫
一
梅雨まへには、今年はきつと乾梅雨だらうといふことでしたが、梅雨に入つてからは、今日まで二度の雨で、二度ともよく降りました。
私は雨の日が好きです。それは晴れた日の快活さにも需めることの出來ない靜かさが味ははれるからであります。毎日毎日降り続く梅雨の雨は、私のやうな病気勝ちな者にとつては、いくらか鬱陶し過ぎるやうですが、それすらある程度まで外界のうるささからのがれて、靜かな心持をゆつくり味はふことが出來るのを喜ばずにはゐられません。
梅雨の雨のしとしとと降る日には、私は好きな本を読むのすら勿體ない程の心の落ちつきを感じます。かういふ日には、何か秀れたものが書けさうな気もしますが、それを書くのすら勿體なく、出來ることなら何もしないで、靜に自分の心の深みにおりて行つて、そこに獨を遊ばせ、獨を楽しんでゐたいと思ひます。
香を焚くのは、どんな場合にもいいものですが、とりわけ梅雨の雨のなかに香を聞くほど心の落ちつくものはありません。私は自分一人の好みから、この頃は白檀を使ひますが、青葉に雨の鳴る音を聞きながら、じつと目をとぢて、部屋一ぱいに漂ふ忍びやかなその香を聞いてゐると、魂は肉體を離れて、見も知らぬ法苑林の小路にさまよひ、雨は心にふりそそいで、潤ひと柔かみとが自然に浸み透つて來ます。この潤ひと柔かみとは、『自然』と『我』との融合抱和になくてはならない最勝の媒介者であります。私の魂が宇宙の大きな霊と神交感応するのもこの時。草木鳥蟲の小さな精と忍びやかに語るのもこの時。今は見るよしもない墓のあなたの故人を呼びさまして、往時をささやき交はすのもこの時です。
香の煙の消えるともなく弱つて往く頃には、私の心も軽い疲労をおぼえて來ますので、私は起つて窓障子を押し開きます。心のうちに落ちてゐるとのみ思つてゐた雨は、外にも同じやうに降りしきつてゐるのでした。薄暗い庭の片隅に、紫陽花が花も葉もぐしよ濡れに濡れそぼつて立つてゐるのが見えます。幽界の夢でも見てゐるやうな、青白い微笑を眼尻にもつてゐるこの花は、梅雨時になくてならないものの一つです。くちなしの花、合歓の花――どちらも晝?nèi)栅胜珘簸颏撙牖à扦工⒆详柣à韦浃Δ思扭筏り庺dな夢をみる花はほかにはありません。
紫陽花のすぐ隣に、立葵の赤と白との花が雨にぬれてゐます。梅雨季の雨と晴間の日光とをかはるがはる味ふために、莖は柱のやうに真つ直に突つ立ちながら、花はみな橫向きにくつついてゐるのはこの草です。
私は立葵を描いた光琳と乾山との作を見たことがありますが、兄弟相談して畫いたかとも思はれる程互によく似てゐました。莖と花とが持つてゐる図案的のおもしろみはどちらにもよく出てゐましたが、土から真つ直に天に向つて突立つてゐるこの草の力強さと厚ぼつたさとは、乾山の方によく出てゐたやうに思ひます。作者の人柄が映つてゐたのかも知れません。
暫くするうち、雨は小降りとなり、やがて夕日が少しづゝ洩れるやうになりました。濕気を帯びた、新鮮な風(fēng)がさつと吹いて來ると、ぐしよ濡れになつて突つ伏してゐたそこらの木々は、狗が身ぶるひして水を切るやうに、身體ぢうの水気を跳ね飛ばして、勢ひよく起き上りました。ひた泣きに涙を流した後の歓び――さういつたやうな靜かな快活さがあたりに流れました。日暮前のこんな時に、しみじみと見とれるのは、合歓の花です。
二
雨の晴れ間を田圃へ出てみると、小川には薄濁りした雨水が、田の畔を浸すまでに満ち溢れてゐました。それを見ると、小供の頃こんな出水のあつた晩に、よく鯰切りに出かけて往つた事を思ひ出しました。手頃の竹竿の端に草刈り鎌を結(jié)びつけたのを片手に、今一つの手には松明を持つて出かけるのです。くらがりの小川の岸づたひに、松明をふりふり辿つて往くと、火影を慕つた大鯰が偶にぱくりと水音をさせて、その大きな頭を流の上にもちあげます。と見ると、やにはに片手に持つた長柄の草刈鎌をふりかざして、その頭をめがけてはつしと打ちおろすのです。川狩としては少し殘酷なやうですが、私たちの小供の頃は梅雨の雨が降り続いて、それが下り闇の夜にでもなると、誰がいひ出すともなく、
「鯰切りにでも出かけたいなあ。」
といふことになつて、二人三人小さな蓑笠を著て、大人の尻についてぼそぼそ出かけたものです。
いつでしたか、幸田露伴氏が京都大學(xué)の講師をしてゐられる頃、お目にかかつていろんな話のなかに、この鯰切りのことを話した事がありました。幸田氏は名高い魚釣の名人ですが、私の話を聞くと、不審さうに小首を傾げて、
「さうですか。しかし鯰は生れつきひどい臆病ものですから、松明のあかりを見たら、尻ごみこそすれ、水の上に浮き上つて來る筈はないんですがね?!?/p>
といはれました。私は折角の幸田氏の言葉でしたから、鯰が大の臆病ものだといふことは信じてもいいやうな気がしましたが、さうかといつて臆病ものだから水の上にぱくりと頭を持ち上げたといふのが疑はしいやうな口ぶりは承知が出來かねました。なぜといつて、私は小供の頃幾度かそれを見かけたばかしか、自分でも一度はその大きな頭に鎌を打ち込んだこともあつたのでしたから。
三
このごろ咲くものに、柿の花と馬齢薯の花とがあります。どちらも実を結(jié)ぶ事が出來たらそれで十分だ、その他のものは一切贅沢だといつたやうな、ごく簡樸で質(zhì)素な花です。そこらの農(nóng)夫が木の端くれで刻んだか、紙きれで折つたかといつたやうな、いはゆる農(nóng)民蕓術(shù)の味があるのはこの花です。柿の花のもつてゐるあの安香水のやうな甘いにほひも、自然が必要に逼られたからの小さな驕りに過ぎないのです。
四
草も木も緑をもつて誇りとしてゐるこの頃の世界に、たつたひとり、莖も葉も紫で、おまけに體ぢうから紫色の香をぷんぷん放散してゐる紫蘇こそは最も特色のある草です。そのむかし、京都円山の茶寮で、いろんな人の女房たちが衣裳比べをした事がありました。誰も彼もが金銀をつくして、贅沢を凝らしたなかに、ひとり中村內(nèi)蔵助の妻は、尾形光琳の趣好で、打掛著付とも黒羽二重の無地、その下には白無垢を幾つも重ねてゐましたが、この方が見飽きがしないといふので、大層な評判をとつたさうです。紫蘇の紫にそれ程の趣好と用意とはなささうで、ことによつたら造化の絵具皿に紫の色しか殘つてゐなかつた時の創(chuàng)造かも知れませんが、それにしても、色も香も紫づくめに塗りくつた放膽な意匠は季が季だけに充分の効果が見えます。