與祖父一起生活

日本新瀉縣2006年全國中學生作文大賽獲獎作品

2006.2.1.

與祖父一起生活

祖父と暮らせば

今年,祖父迎來了他的八十大壽,我們?yōu)樗e行了隆重的祝壽會。他的腿腳還十分硬朗,在看最喜歡看的相撲比賽時,他感到自己像二十歲的年輕人那樣健康。因此他每天上山下地,拔個草啦,翻個土啦,流了不少汗。也許這就是他長壽的秘訣吧?

今年、祖父は米壽(こめじゅ)を迎え、盛大んなお祝いをした。足腰も丈夫だし、大好きな 相撲(すもう)を見る時にはまだ二十代を感じさせる元気さだ。されに毎日のように山や畑に行っては草を刈り(かる)、土を耕し(たがやし)、良い汗を流している。これが長生きの秘訣なのかもしれない。

祖父的雙耳深度重聽到如此程度,以至于很難聽見我們?nèi)魺o其事的談話以及電視機的聲音。不在他耳邊大聲叫喊就得不到回答。電視機的聲音對我們來說已經(jīng)大得不得了了,祖父卻還要調(diào)得更大。說實話,跟祖父說話到等他聽到為止需要很長時間,正因為互相理解需要很長時間,我們覺得他正避免與大家交談。

あ女祖父は両耳が重度の難聴で私たちのなにげない會話や、テレビの音が聞こえにくい。耳えで大きな聲で叫んでもなかなか返事がこないこともある。テレビの音は私たちにとってはとつてもなく大きいのに祖父は更に大きくする。正直(せいちょく)言うと、祖父に話しかけると聞こえるまでに時間がかかり、理解できるのに時間がかかりと、家族のみんなが話しかけるのを避(さ)けていた気がする。

于是我和祖父考慮筆談也許會有幫助。只要祖父對電視的內(nèi)容不明白,我就開始在廣告紙背面寫起來。最初只有我們兩人這樣做,不久就在全家推廣開來?!疤爝@么涼還到山里去嗎?”祖母寫道。“今天有事晚回來。”媽媽寫道?!澳腥说钠【齐S便喝!”爸爸寫道。

そこで私と祖父が考えた筆談(ひつだん)が役に立つのだ。これは祖父がテレビの內(nèi)容が分からないといって私がチラシの裏に書いたことから始まった。最初は二人だけで行っていたが、このうち家族全體に広まっていった?!笡訾筏いΔ沥松饯匦肖螭工?、祖母?!附袢栅耸陇沁Wくなるよ」と、母?!溉摔违萤`ルを勝ってに飲むな!」と、父。

自從開始筆談后大家似乎將祖父圍攏起來,家里變得快樂了。祖父也為這件事感到高興,一有空就將廣告紙裁成漂亮的筆談用紙準備著。對于我來說,這些筆談用紙和筆成了必需品。

筆談を始めてからみんなが祖父を取り囲む(とりかこむ)用になり、家の中が明るくなった。祖父もそこ事が嬉しいらしく、似もを見てはチラシをきれいに等分して筆談を用意している。私たちにとってこの筆談用の紙とペンが必需品(ひつじゅひん)となっていた。

另外,祖父因為眼睛不好讀起來很費力,我早就告訴了他,他明白還是不明白卻不能馬上告訴我,我就耐心地等著。“…… 好吧,好吧,今天就這么些事吧,爺爺……”我很高興的樣子開始說,筆談用的紙增加了兩三張。眼睛和耳朵的衰弱在這時候都變得算不了什么了。我這樣想……

また、祖父は目も悪いようで読むのにてこずる。早く伝えようとする私には分かったのか分からないのかが伝わってこないのだが、我慢して待っていると「...そうか、そうか。今日はこうゆうことがあったのんか。じいちゃんはな...」と、嬉しそうに話はじめ、筆談用の紙は二枚三枚と増えていくのだ。目や耳の衰え(おとろえ)SPAN>

有一天,與祖父兩個人留在家里。從親戚那里打電話過來。我想這和祖父沒有什么特別的關系,還一心一意地看著電視。不久祖父就問:“剛才的電話是誰的?”(與爺爺沒關系,詳細說就麻煩了。)

ある日のこと、祖父と二人で留守番していた。親せきの人から電話があった。私は特別祖父には関係ないと思い、テレビに夢中だった。しばらくすると祖父が、?さっきの電話は誰からや??と、聴きに來た。(じいちゃんには関係ないって。いちいちめんどくさいな。)

我為了早點看電視,胡亂寫了幾個字遞了過去,祖父拿著它費勁地慢慢地念著。(不,很快就看完了。)

私は早くテレビを見たかったのもあり、亂雑(らんざつ)な字で渡した。それを祖父ゆっくりと時間をかけて読んでいた。(も~、さっさと読んでよ)

等得不耐煩的祖父突然來了,看見我還在看電視,便問:“怎么老是漫不經(jīng)心的?給爺爺寫清楚一點,爺爺就明白了?!闭f了好幾次,我的急躁情緒一下子爆發(fā)出來了。

しびれを切らし祖父をほっといてまたテレビを見ようとすると、?何でゆっくりとたもんや?ちゃんと説明してくれんとじいちゃん分からん?と、何度も聴いてきた。私のイライラは暴発してしまった。

“算了吧! 從剛才起就一直糾纏不休! 老年人怎么啦,應該更溫順!”我把爺爺?shù)亩钞斪饕患檬拢瑢χf了很難聽的話,什么“遲鈍”啦,“糟老頭”啦。突然,看見祖父眼鏡的里面濕潤了,趕快說對不起,已經(jīng)遲了。只好在那兒久久地站著。然后祖父用憂郁的眼光朝我一動不動地看著,開始說話了:

“沙苗呀,一直在裝模作樣呀!爺爺眼睛也看見了,所以兩耳也聽見了,眼見為實呀……這樣的老糊涂還是早早死了的好!”

?いい加減にしてよ!さっきからしつこい。年寄りなんだからもっとおとなしくして!?耳が遠いことをいいことにかたっぱしから祖父に対してひどいことを言った。?のろま?だとか?クソじじい?だどか。ふと、祖父を見ると眼鏡の奧がうるんでいた。謝(あやま)ろうとしても、もう遅かった。ただその場に立ちつくすしかなかった。そして祖父は悲しい目で私の方をじいっと見て話し始めた。

?沙苗(さなえ)あ、いっつもすまんのぉ?じいちゃんもお目を見て二耳が聞こえて、目が見えたらのぉ。...こんなおいばれはさっさと逝(ゆ)ってしまえばいいのにのぉ?

この言葉を聴いた時、冷たい風が體を通り抜けた。私は紙いっぱいに、?ごめん、長生きして?と、書くのが精いっぱいだった。祖父は何度も強くうなずいた。

聽到了這樣的話,好像有一股涼風穿過身體。我在整個一張紙上寫了“對不起,祝您長壽!”。我寫得很認真,祖父點了好幾下頭。

障害を障害と感じずのびのびといきたい-祖父はずっとおもってきたはず。世界中の障害を持った人の中にもこのような気持ちがあるのではないか。もし、この気持ちがなくなったら祖父のような悲しい目になってしまうのではないか...。目や耳の障害名と何でもない、確かにそうだった。

我一直認為祖父將自己有將耳疾不當回事,悠閑自在的生活著。在世界上有耳疾的人當中具有這樣氣度的人還不多見。如果沒有了這種氣度,不就變成了像祖父剛才那樣的悲哀目光了嗎…… 眼睛或耳朵不好名義上沒什么,好像真的是這樣。另外,我與祖父之間出現(xiàn)了心靈上的障礙,當我忘了小事也要體諒的心情的時候,就讓祖父意識到自己的衰老,變得悲觀起來。雖然筆談等手段是必要的,但是最重要的是要有互相關懷之心。

でも、私と祖父の間には心の壁があった。私がちょっとした思いやりの気持ちを忘れたとき、祖父に自分の衰えを必要以上に意識させ、悲しいなせてしまった。筆談などの工夫も必要だか、一番大切なのはお互いを思いやる心だったのだ。

美味しいお米が食べられるのも、學校からかえるって寂しくないのも、いつも祖父がそばにいてくれたからだ。その恩返しに私は、祖父のなくしてはならないモノを守っていきたいと思う。もうあんなことを言ってほしくないから。もうあんな悲しい目をしてほしくないから。

美味的米飯吃了嗎?從學校回來寂寞嗎?祖父一再在旁邊這樣問。作為報答他的恩情,我想在祖父不在的時候也要遵守這樣的規(guī)矩,但嘴上卻不想這樣說。因為再也不想看見這樣悲傷的眼神了。

今天又要忙著裁剪筆談用紙了。如果和祖父住在一起,就要將祖父的事放在第一位……

今日も筆談用の紙は大忙しいだ。祖父の仕事がまた一つ増えた。祖父と暮らせば...。

(忙呀忙,太忙了。)

(忙しいも忙しい、おお忙しいだよ。

浜野沙苗

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